心が変われば身体に変化がおこる! 風子さんがオーガズムをえるまでの記録
私にはこの頃、つきあっている彼はいなかった。
幼稚園で働いている頃、園長先生の友人の息子さんにお見合いを申し込まれた。
とてもおどろいたが、これも何かの縁だろうと思ってお見合いをしてみたが、 とてもいい人だけれど、一度会って話して、違うな、と思った。
普通に話は盛り上がるが、何かその人とまた会いたいとは思わなかった。 何かが欠けていた。 その時はわからないかった。
その後、近くの商店街にあるお店の店長さんとも一度お茶をした。 これは私から誘ったんだけど、一度お茶したら毎日電話がかかってきて、
とてもじゃないが耐えられなかった。 重いのは、いやだ。
もう、いやなんだ。
でも、自分でも、もうどんな人がいいのか、自分はどんな人が好きなのかわからなくなっていた。 もう、どうでもいいか、とも思っていた。
数ヶ月ほど続けていた心理カウンセリングは、だんだん笑いながら話をできるようになってきていた。
週1回くらいのペースが月に1回くらいになっていた。 本当にあのつらいころ、話を聞いてくれたあの女性には感謝している。
話すことで、聞いてもらうことで、あんなにも心は楽になるのだ、とは思ってもいなかったから。
その人が実際に私の人生を助けてくれるわけじゃない。
でも、自分の中にまだ自分にも気づかない生きる力があることがわかっただけで、人は強くなれる。
とても耐えられない、と思うような現実にも、どうにか耐えることができる。
そんなわけでだいぶ心理状態も落ち着いてきたので、半年ほど続いた女性とのカウンセリングは、 もうやめようと思っていた。
あと、女性のカウンセリングを半年間受けてみて私は気づいていた。
カウンセリングでは話に同調はしてくれるが、決定的に私の何かを変えることはできないと。 でも、何が果たしてよいのやら全くわからなかった。
その頃、私の体は壊れる寸前だった。 肩や背中、腰がパンパンだった。 悲鳴をあげていた。
悲しい現実、見たくないものを見て、聞きたくないものを聞いて、心が体が張り裂けそうだった。
以前、彼と別れるときにも、その辛さから体を壊した。 心と体はつながっていると確信していた。
体がこんなだから、心はとても辛いのだろうと思った。
そして9月、まだ日差しも夏のおもかげを残していたある日、
私はパソコンでなにげなくマッサージかなにかのページを見ていた。 そうしたら、ある『セラピールーム』があった。
そこは心と体の両方を見てくれるとあった。 書いてあることも、説得力に満ちていた。
そのセラピールームのセラピストは男の人だった。 男の人に自分の心を打ち明けるなんてとってもイヤだけど、もういいや。
こうなったら、どうにでもなれ!という感じだった。
体と心が悲鳴をあげていた私は、そこに予約をした。
それまでも整体やクイックマッサージを受けて、マッサージしてもらうことで 体の調子を直してもらうことは、けっこうしていた。
でも、今回は体だけじゃなく、<心の調子>もみてもらおうと決めていた。 もう、他にどうすることもできなかったからだ。
私にとって心をさらけだすことは、裸をみられるようなもの。 しかも、直接会って内面のことを話したり、体のマッサージもしてもらうんだから、
以前の私だったら、絶対に女性を選んでいた。 男性のところなんかには、絶対に行かなかった。
とにかく緊張しながらも、予約をとった。 どうせ男の人になんか、私の心はわからないだろう。 だめでもともとだ、と思っていた。
なぜなら、私の中には、『男性不信』の種が植わっていたからだ。 無意識から、「男性を信じてはいけない」といつもささやかれていた。
これも、母親が原因のひとつだ。 母親は、いつも「男なんてくだらない」(きつい言い方!)とか、
「歴史的にみても男がひどいことをしている」とか男の人を攻撃し続けていた。
もちろん、その男の中には、母の夫であり私の父親である人が含まれていた。 自分の不満や不幸などは、全部父のせいだ、といわんばかりだった。
母の父親、私にとっては祖父のことも、よくは言わなかった。 お酒をのんでだらしなかった、とか。
おそらく、母も祖母から男性不信を叩き込まれていたのだろう。 こういうのは、代々続くからね。
そんなわけで、半信半疑でそのセラピールームに向かった。 扉を開けると、普通の男性がいた。 なんだかとても普通な人だ。
そして、自分の話をし出したとたん、やっぱり涙が出た。 どんな話をしたのかは正直言って覚えていない。
とにかく、人とうまく話すことができない、人と心をつなげることができない、 とかいうことを話したと思う。
一通り自分のことを話したあと、体のマッサージを受けた。 それまで受けていたような、つぼをグイグイと押すようなマッサージとは違っていた。
もっと優しくてあったかい、なんていうか母親になでられているような。
顔のマッサージもしてくれて、それは非常に痛かった。
なんでも顔の筋肉が固まっているそうだ。 頬のあたりや口元をギューギュー押されていると、今まで押さえてきたものがあふれ出した。
そして、小さい頃の記憶が戻ってきた。
私は、小さい頃、しょっちゅう母親から置き去りにされていた。
私がだだをこねるから、というのもあるが、とても冷たい感じで置き去りにされたように感じていた。
夢でよく見たのは、いくら叫んでも振り返らずに歩いて行ってしまう母親の背中だった。
遊園地のベンチでも置き去りにされた。
母親は遠くから見ていたらしいが、なぜそんなことをする必要があるのか。 心の中で、ニヤっと笑っていたのではないか?
泣いてるわ、私の言うことを聞かないからよ、ざまあみろ、と。 お前はいつもかわいいかわいいと周りにチヤホヤされてわがまま放題、
私の作る料理もきちんと食べず、ぐずってばかり。 こんなにして私が育てているのに、まだぐずるのか。 そんなにいやなら置いていってあげる。
知らないよ、一人で生きなよ。
まるで、そんな感じだった。 母は、私をベンチに置いたまま、兄を連れて消えた。
私は一人で、遊園地のベンチで座っていた。 泣いたかどうか覚えていない。 私は母親の『憎しみ』を感じた。
子どもは親から憎まれると、殺される恐怖感を味わうと何かで読んだ。 本当にそうだ。
その頃から、私は元気を無くした、親から見た「いい子」になっていった。 母親にさからったら、こんな恐ろしい目にあうのだと痛感したからだ。
と、このような小さい頃の記憶がよみがえってきた。
その日は一通り体のマッサージを受けて帰ったと思う。
よく覚えていないんだ、本当に。 想いを吐き出して、ボーッとしていた。 スッキリもしていたかな。 意識が子どもの頃にかえっていた。
次に行くかどうか悩んだが、とにかく、また予約をとった。
そして、また最初に自分の思っていること、感じていることを話してから、体のマッサージに移った。
なぜだかその男の人は、私が内面で思っていることをドンピシャと当ててくれ、
私の知りたかっったような心理学の知識も教えてくれ、まるで心を見透かされているようだった。 こんな男性は今まであったことがない。
体のマッサージはとても気持ちよかった。 つぼも押してくれるが、オイルで流れるようにさすってくれるのはエステのようで、
とろけてしまいそうになるくらい気持ちよかった。 うつぶせになって、肩から腕へ流れるようにさすってもらっているとき、おしりがムズムズした。
そう、私は感じちゃったんである!
それまでにも、クイックマッサージでとても上手な男の人がいて、
その人にマッサージされると、「ウッフーン」という気分になってしまって困ったことがあった。
小さなベッドの上で、なでられたりさすられたり、正直言って、性的に気持ちよかった。
もう何年も男性とつきあってなかったので、体がさみしかったのだと思う。
そんなふうに感じちゃうのは相手にも伝わるのか、その男性もよりやさしくマッサージしてくれたっけ。
で、そのセラピールームでも、私は体をマッサージしてもらいながら、気持ちよくなっちゃったんだ。
まあ、はしたない。マッサージを受けて、ほとんど知らない人に欲情しちゃうなんて私ったら。 と思ったけど仕方ない。 これも生理現象だからね。
もちろん、感じちゃったなんて、口に出さなかったよ。 吐息をもらしたくらいかな。
うつぶせになって腕をさすられ、さらに私は感じてきてしまった。 極めつけは、手のひらをオイルのついた指でヌルヌルとさわられたこと。
手のひらってとても敏感だから、とても感じちゃう。それはもう、しびれるほどの快感だった。 (あああー、もうだめ!気持ちよすぎるぅ~♪)
でも、もういいや、とにかく気持ちよければそれでいいや。 と我ながら勝手なことを考えていた。
そしてついに、私はセラピストさんの前で、声を出してしまった。 「ああぁ~ん。気持ちいいですぅ~」
(治療しにきているのにこんなこと言うなんて!)と思う暇もなく、あまりの気持ちよさについ口走ってしまった。
そしたら・・・
なんと治療してくれていた男性が 「気持ちいいの?」と優しく答えてくれるではないか。
思わず心をほどいてしまった私。
「うん、気持ちいいですー」
「感じちゃってるのかな?」
「うーん、そうみたいー」
というような信じられないような会話を交わして、すっかりそのまま気持ちよくなってしまったのだ。
人間にとって、マッサージで気持ちいいのと性的に感じて気持ちいいのは、紙ひとえ。
むしろ性的に感じるほうが、普通のマッサージではできないレベルまでリラックスして、 心を解放する力があるんだなと、今は思う。
私の求めていたのは、これだったんだ。 私は気持ちよくなりたいんだ!
今まで、男性不信で理論的に生きてきたから、体で感じるなんてできなかった。 心と体がバラバラだった。
とろけるようなマッサージが終わり、頭はボーっと真っ白だった。 そして驚くことに、相手の男性がちっとも動揺してないことがわかった。
こういうことがあると、普通の男性ならば動揺したり、不安になったり、という表情が出るはずだ。 または、うぬぼれたり、えばったり。
目の前で女性があんあんよがっているのに(キャ!)、 まるでこれが普通の反応だというように、ニヤニヤしたりしないでまったく冷静だった。
こ、こんなすごい人は見たことも聞いたこともない。 ニヤニヤするどころか、気持ちよかったと話す私を暖かい目で見てくれている。
もうこれはこの人におまかせしよう。 この人は女を救う人だ、と直感した。
それでも私の中の、人を信じない考え方、男性に対する不信感はかなり強かった。 長年の間、そうして生き抜いてきたから。
そうしないと生きてこれなかったから。 これからもそのセラピールームに行くか、もう行くのをやめるか、悩んだ。
だって次にまた行ったら、あの気持ちよさだ、きっともっとせがんでしまうだろう。
迷って迷って、でも行くことにした。
ここまできたら、いくところまでいってやろう、という気持ちだった。 それまで数十年間、私は自分の考えで生きてきた。
自分の生き方に疑問を持つこともなかった。 でも、幼稚園で働いて仕事につまずき、家庭内の問題に直面して、生きるのがとても苦しかった。
それはまるで、出口の見えない苦しさだった。
自分でいくら考えて行動してもうまく生きられない、どうすることもできないことを味わいつくしていた。
宗教も、私を救うことはできなかった。神だのみもしてみたけど無駄だった。
これから先、あそこに行かなくなっても、なにも変わらないだろうと思った。 苦しいままの現実が、不幸な人生が続くのか、と思った。
だったら、お金を出して気持ちよくしてもらうなんてとてもいやだけれど、とにかくあそこに行ってみよう。 他にはもう考えられない。
というわけで私は、そのセラピールームに、その男性のもとに通い続けたのだった。
セクシャリティーに関するコラムニストの卵、 現在35歳。 30歳をすぎてからいきなり人生が変化し出し、我ながらとてもダイナミックな体験をしてきました。
もっと多くの人が、セックスや性と自然に触れ合えるようになることを願っています♪
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